
技術者・研究者・デザイナーの部/一般の部
■最優秀賞(一般の部)
公共と個人のあたたかい関係をつくる
ITコミュニケーションとしてのマナーエリア・サインシステムのご提案
グループ4by4
渡辺 龍哉 様、相沢 節 様
横山 敦史 様、倉富 健 様
審査員のコメント
横山 雅子 氏
ユーザーにとっては評価が高いシステムであると思う。デザイン的にも優れている。
マナーエリアにいるときにかかった電話に「ただいまマナーエリアにいらっしゃいます」というメッセージが流れるのは、何度かけても繋がらないときのストレスにはありがたい。
欲をいえば、マナーエリアを出たときに、自動的に留守録メッセージが流れたり、かけた先方に「ただいまお客様がマナーエリアを出ました」というメッセージが伝わったりという工夫が欲しかった。
ユーザー側に立った視点が、もう一工夫欲しいといったところだろうか。
■優秀賞(技術者・研究者・デザイナーの部)
近未来ケータイ事情
光井 清陽 様
審査員のコメント
松本 充司 氏
現状のシステムの集大成版である。
今後のケータイの使い方のあり方の一方法を提案している。
公衆電話との調和方法を示している。充分実用性が考えられる。
情報の生態系
野島 耕平 様、山崎 薫 様
中山 雄太 様、仙石 恭子 様
三島 由樹 様
審査員のコメント
服部 桂 氏
情報に対する一つのビジョンと、それを実現するためのスタンスがはっきりしている。
都市におけるサーバースペースと日常の現実世界の橋渡しは、おおげさなものではなく、ちょっとしたその場で必要な情報を必ず誰かが媒介するほうが現実的。
小さな地球上に無数に存在する昆虫は、そのメタファーとして最適かもしれない。
昆虫採集のメタファーは、これから都市に生きるノマドとしての情報人類の狩猟本能をもくすぐる。
※(一般の部)該当作品なしのため、技術者・研究者・デザイナーの部より2作品選出
■SOHOT賞(技術者・研究者・デザイナーの部)
NETWORK WITH BOOKS
芦谷 公滋 様
審査員のコメント
澤辺 幸夫 氏
端末から得られた情報に基づき自ら行動し、「人と街の新しいコミュニケーション」を経験しながら欲する物(公共の本)を得ていく(探検感覚)。
物(公共の本)とそれに付帯させた情報を介して、「人と人との新しいコミュニケーション」が生まれる。
楽しさ、暖かさ、夢を感じさせる提案だと思う。
絵画・作文コンクールの部
■最優秀賞
言葉の壁
香川県立高松工芸高等学校デザイン科3年 大庭 英恵 様
言葉の壁
大庭 英恵
私の兄が、“リキ”を番犬として連れて帰ったのは、私が小学校五年生の時でした。リキは番犬と呼ぶには似つかわしくないほどの小さな体ですが、誰かが玄関の前まで来ると必ず吠えて知らせてくれるなど、その役割を立派に果たしてくれています。リキが我が家に来て八年、今ではすっかり、リキは我が家にとって、欠かせない存在となりました。
この間、いつも元気なリキの様子が突然おかしくなったことがありました。私達家族が慌てて動物病院へ連れて行くと、左足首のねんざにより、発熱していたことが分かりました。この時リキは、すごく具合が悪く苦しそうだったのに、私達家族は、誰一人として気付いてあげることができませんでした。リキ自身も、鳴きわめくようなこともせず、じっと痛みをがまんしていたようでした。こういう経験を通して、私達家族の中で、言葉を分かり合えていないのは、リキだけだと再確認させられました。この日から、私達はよく、人間も動物と会話できたらなあ、と話すようになりました。
そんな会話をしてすぐに、犬の言葉を理解して、その内容を私達飼い主に教えてくれるロボットが売り出されることを、テレビの特別番組で知りました。もし、このロボットがあれば、リキが何を伝えたいか、私達家族にも理解できるようになるかもしれません。動物との会話をずっとあこがれていたので、このようなロボットは、夢のような発明に違いありません。きっと、十年もたたない内に、もっと改良されて、全ての動物と会話できるようになるかもしれません。そんなことが近い未来にあるのかもしれないと思うと、考えただけで今から楽しみになります。
しかし、現在そのロボットを持たない我が家では、少しでもリキの気持ちを分かろうと、私達自身が日々心がけるしかありません。私達が機械なしでも分かち合えると、信じてやまないからです。こういった私達の心がけは、犬のリキとの距離を縮めていくきっかけとなりました。そしてリキが家族の一員として身近に感じれば感じるほど、大切な存在だと気付くことができたのだと思います。
十年後、情報技術の進化によって、私達飼い主とペットの間に「言葉」という壁は、全くなくなっているのかもしれません。しかし、言葉を分かり合えることができても、気持ちや思いといった、内面的なことは、決して機械を通して分かることはできません。側に寄り身近に感じることこそ、分かり合うための一歩なのだと思います。そのことを忘れてしまっては、十年後のコミュニケーションは、言葉や表面だけのものに変わってしまうのではないかと不安になります。これからの情報技術が、新しい未来に向けて、私達のコミュニケーションに必要なものは何かを考えて、そこから進化していってほしいと思います。
■優秀作文賞
井戸端会議出席者
香川県立高松工芸高等学校デザイン科3年 佐伯 麻香 様
井戸端会議出席者
佐伯 麻香
そろそろ嫌気がさす頃か。いやすでに、生活の、体の一部になっているかもしれない。
携帯電話のことだ。もしかしたら、もう「電話」だけではないかもしれないが。ありとあらゆる機能を付けた機械を持ち歩く。けっこう容易に想像ができる。こう思うのは私だけではないはずだ。
十年後。そう遠い未来ではない。私に子供がいるとしても、まだ小さいだろう。幼稚園、小学生くらいの子供にこう言わなければいけない日が来るのか。「学校に電話持っていくの忘れちゃだめよ。何かあったらすぐ連絡して」 正直に言うと、私はこんな未来は嫌だ。学校に電話を持っていけるようになる、何だか楽しそうに思えるが、よく考えればすごく恐しいことだ。メールのやりとり、電話での会話。子供はすぐ覚えるだろう。休み時間になっても全員が下を向いたままの教室。それでは学校に集まっている意味がない。
人間の生の声がやはり一番だと思う。顔と顔をつき合わせて話をする、それが基本だと思う。日本語で打って、外国語に変換してメールを送る。それも、時間、という観点からすれば便利な道具だ。でもやはり、自分で学んだ外国語で交す会話には勝てないだろう。上手くは言えないけれど、大切なのはそういうことだと思う。十年後、そう気付く人が増えたらどうなるだろう。一番最初に書いた、「そろそろ嫌気がさしてきた」人たちが増えたとしたら。
朝は目覚まし時計の「朝ダヨ」の声ではなくて、鳥のさえずりで起きる。家族でごはんを食べながら、今日は何をするだとか、学校でテストがあるだとか話をする。学校での休み時間には、わいわいがやがや、うるさくなる。・・・・・・何も特別なことではない、普通の、でも普通ではなくなりつつある光景が戻るだろう。何千年も続いてきた、人間と人間のコミュニケーションを、十年やそこらで進化させてしまってはもったいない。技術の進歩のスピードを少しスローにしてもらって、私はもう少し人間臭さを楽しみたい。それから子供たちにも、そのおもしろさを知ってもらいたい。機械の登場は、その後でも遅くはない。
もしも、携帯電話を一日だけ、日本中がせーのでOFFにしたらどうなるだろう。不便に違いないけれど、得るものは大きいはずだ。案外、やみつきになるかもしれない。人と直接会って話す、そのおもしろさに目覚めるかもしれない。
十年後、井戸端会議が日本各地で開かれることを夢みて。
十年後の人間VSパソコン
富岡町立富岡第一中学校1年 水谷 優一 様
十年後の人間VSパソコン
水谷 優一
十年後。人間が誕生してから、約四百万年。パソコンが誕生してからは、約七十年となる。すべての人が、パソコンを使いこなしているだろうか。もしかしたら、パソコンに使われているかもしれない。
人間VSパソコン。僕なりに考えてみた。
人間は、現在よりさまざまな、知識を持ち、進歩していくと思う。パソコンも、現在より、さらに、いろいろな面で発達しているかもしれない。
パソコンは、もともとは、「データ処理」のための機械として生まれたが、その後、さまざまな分野で、活躍している。現在では、世界中の人々と、いながらにして、コミュニケーションができるようになっている。また、その場に行かなくても、世界中の情報を得ることができる。「多量のデータを短時間で処理する」事や、「通信(コミュニケーション)の速さ」などに関しては、人間は全く、かなわない。
一方、人間には、心があり、思考することができる。また、物に直接ふれて、感じたり、目や耳・口・鼻といった、人間特有の方法で、物事を、感じる事ができる。それらによって、考え、実行していくのだ。さらには、人間には、長い年月をかけて学んだ、豊富な知識がある。 パソコンと、人間。どちらが、優れているのか、この答えを見つけるにあたり、「パソコンは人間が作った物」ということが、大きなヒントになると思う。
このように考えていくと、「パソコン」の本質が、分かるようになってきた。パソコンには、感情はない。人間の命令された通りに動く物なのだ。つまり、パソコンは、人間の力がなければ、ただの箱のような物なのだ。
もし、人間がパソコンに、豊富なデーターをどんどん入れていくとすれば、とても、便利な生活になるだろう。なぜなら、人間が忘れてしまっても、パソコンが、覚えていてくれるからだ。
しかし、パソコンにたよりすぎて、人間の特徴である、思考して感情を持って、行動することが、なくなってしまうと思う。心のない、ロボットのように、なってしまうだろう。四百万年の間、少しずつ発展していった人間の世界が、逆に退化してしまうように感じる。そして、いつのまにか、パソコンに支配されるような世界になってしまうだろう。そんな時、人間が気がついても、手遅れなのだ。
パソコンは、本当は、楽しく夢のあるものだ。
けれど、人間が、「パソコン」を、どのように使って、考えていくかによって、人間とパソコンの関係は、決まってくると思う。
人間VSパソコン。その勝敗は、私たち、人間が、決めることだ。
■優秀絵画賞
ワールドコミュニケーション
埼玉県立三郷北高等学校商業科3年 藤田 眞祐 様

斎藤 信男 (慶應義塾常任理事・慶應義塾大学環境情報学部教授)
宇野 求 (建築家・千葉大学工学部教授)
小川 克彦 (NTTサイバーソリューション研究所 担当部長)
西垣 通 (東京大学 大学院 情報学環教授)
服部 桂 (朝日新聞企画報道室デジタル編集部)
松本 充司 (早稲田大学モバイル環境システム研究所所長)
横山 雅子 (マックス・ヴァルト研究所代表取締役)
渡邊 朗子 (慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科専任講師)
澤辺 幸夫 (NTT建築総合研究所常務取締役)